データから考える、トライアスロン「ドラフティング」違反の実態と対策
5/1、広島は廿日市でASTCアジアトライアスロン選手権が開催された。僕は4年前のアジア王者 だけど今回高見の見物。あんな速い人たちと競うの嫌!笑
そこでまたしても、というべきか、、
バイクに入ると半数近くの選手たちが集団走行状態に… 周回コースではそういう状況になりやすいのは想像できましたが、故意に前の選手についている選手も見かけました。前との間隔を空けずに走る男子選手、男子選手の後ろについて走る女子選手。意識すれば前との距離は空けられるはずですが… (小原工さんFacebookより)
<データ>
これは前から書いているように、白か黒かで単純に線引できる問題ではない。ルールの厳密性を追求したいオリンピック(とその意を汲んだITU)が、ドラフティング許可することで曖昧さを(おもしろさとひきかえに)排除したのもやむを得ないと思う。(かわりに個人TTを検討している)
スポーツのルール問題は、トレイルランニング界を軽く揺るがせた 「ハセツネ30k問題」 にも見られるように、どうしても感情的になりがちなもの。そんな時は、まず事実を客観視することだ。データで整理できる部分があるなら、そうしておきたい。そこで公式記録 から総合上位60名をExcelに落とし、グラフ化してみた。
以下2つの2軸分布図は、どちらも同じデータ:
- 青色:スイム終了時点
- 赤色:スプリット=ラン開始時点
を使用し、その並び順だけ変えたもの:
- 青い点が並ぶグラフ1つめ: スイム順
- 赤い2つめ: バイク終了順
左から右に通過順、上下がタイム差を示す。各グラフで左右の軸目盛=スイムとバイクのタイム差は合わせている。これくらいはExcelの基本操作。(なお僕の元データは上位60名だけなので、実際はもっといるけど、今回の目的には影響しない)
たとえば疋田さんはスイム・バイクとも1位通過したので左下に青と赤が重なる。バイク2−3位通過の高橋&野仲さんはスイム通過は遅いので、1つめのグラフの右側の底に赤い点が2つぽつんとある。
スイムは、ほぼ1直線の集団で終えていることがわかる。500mに短縮された7−8分間のスイムでは差がつかない。
バイクは60〜80分間、今回スイムの10倍ほどの時間をかけるので、差は当然開くわけだ。なんだけど、
- その割に、タイム差は開いていない
- 差の開き方が、段々畑のように偏っている
- 後半ほど「段々畑」が広くなる
といった特徴が見られる。すべて理由あってのことだ。
1. を逆に言えば、「スイムは競技時間が短い割に差が付く」ということ。以前、『トライアスロンSwimパートは「初回限定の先発投手」 〜本当の重要度&練習頻度を考えよう』 でも触れた話だ。つまりはスイム技術はそれだけ大事だということ。
<トップ選手と、それ以外の差>
2. はつまりはバイク集団が出来るということ。平坦の周回に脚力レベルの近い選手が200名集まれば、どうしてもかたまりがちではある。
それでも上位10名前後くらいの差が開くのは、実力者が攻めた結果。強いとはこうゆうことだ。僕の経験的にも、JTUエイジで総合優勝レベルで戦うには、バイクまでに飛び抜ける必要がある。今回では1時間4分ちょいまでの選手はやはり総合上位に入っている。
実例で見てみよう。JTUフォトギャラリー より1枚引用。
右の白線上に野仲さん。僕が2013天草大会で総合優勝(とJTUエイジ王者)を争った方。 ちなみに5,000mベスト14分台の元ランナーで大分県のJr.記録を20年くらい保持され、バイクも諫早100kmTTでAvg.40km超で総合表彰台に乗る実力者だ。
こうゆう位置から、前に固まり気味な集団をバビュ〜〜〜〜ンと抜いていけるのが、総合上位へのほぼ必須条件。実際彼は1時間2分台でバイク2位、こうゆうコース経験が豊富そうなエリートのトップデュアスリートであるエース栗原より1分以上速い。それくらいの走力差があれば、ああゆう集団に追い付かれることはまずないし、仮にそうなったら追い付かれた側には激怒する権利もあるだろう。(そうではない場合と違ってね、いろんな意味で)
問題は、そこまでの力はない場合。段々畑の断層部分で1人でがんばってる選手も、集団に追い付かれたら、その畑な一味に加入してしまう。大きな集団ほど速いので、普通にレースしていたら追い付かれ巻き込まれてしまうのだ。 嫌なら、その後ろに下がって、いわばフタをされた状態でバイクゴールまで我慢し続けるしかない。
<統計学の「標本分布」から考える>
上記3.は集団のサイズの問題で、確率論でまっさきに出てくる「正規分布図」<画像はwikipediaより> を想定するとわかりやすい。 トップ層はごく少数なので固まりようがなく、平均レベルに近いほど大集団化しやすいのだ。上位10名くらいが固まらないのは、上位だから、という自己循環的な理由も影響するわけだ。そこから遅れるほど、集団に巻き込まれやすく、かつ抜け出しにくい。
そこで例えば「練習不足や不調で実力を出し切れない名の知れた強豪選手」は、意識がどうであれ、「集団に巻き込まれやすく、かつ悪目立ちする」という状況に陥りがちだ。ただ、過去30くらいの僕のレース経験の中で、少なくとも名の知れた強豪選手に「ドラフティングしないとその成績を取れない人」などいない。たまにしか出ない無名な方が集団に乗って表彰台の隅に潜り込んでしまったケースなら目にした気もしないでもないけど。個々のレースでの個々の局面に関しては、当事者でしか知り得ないものなので、大会運営者と出場者とで直接に話し合ってもらえればよい。ライブで見ていたリアル観客がヤジとばすくらいはありうるだろう。(その現実を正しく知っているのならば、伝聞ではなくてね)そして、ひとたび名を知れたら、その名にふさわしいレースを続けねばならない。しかし「名にふさわしい」ってなんだ? て話だ。
「女子選手」はそのヤヤコシイ応用問題となる。当然ながら女子選手の「標本分布グラフ」は男子よりも後ろにあり、その先端=速い人たちは、男子では厚い層=集団ができやすい位置と重なる。つまりね、男子トップ選手は(仮に)ドラフティングをしたくても難しいが、女子トップ選手には(やろうと思えば)簡単。これは女子の層が厚い海外ではプロ含め大きな問題になっており、日本でも全くない話でもない。
なお、トップ選手といえども、やや上位レベルがトレインを組んで先頭交代してくれば逃げきれないが、実際そこまでのドラフティングは聞いたこともない。それは、ドラ集団の先頭はまじめに単騎で引いていて、それが集団の上限になるからだろう。(そして引率者が最後に疲れて少し下がって集団に埋没してしまう… 記録みるときはその可能性も考慮くださいな)
まとめ追記)
- 男子の場合、ドラ集団にハマった時点で、上位争いから脱落、とみなして構わないので、カッコ悪いなーと一声かけて立ち去れば十分 (数名の少数数で回す場合は別)
- 女子の場合、男子選手に混ざる走力があるとは、上位入賞レベルである可能性が高い。見つけたら、止めさせましょう。でないと不公平が続く
- いずれにしても、「その場では放置しておいて後からネットで叩き始める」のは、同じくらいにカッコ悪いぞ
<運営とコースの問題>
今回の場合、個人の意識&行動だけでなく、環境要因も大きい。安全重視とせざるを得ないエイジのバイクコース設定、審判の「優しさ」、さらに今回特有のスイム短縮(=といっても十分に予想されたことではあるが、、2012館山同様に)
集団ができにくいコースとは:
- 同時コースイン数が少ない (同一ウェーブ人数÷1周回の距離)
- 上り坂
- コース幅が十分なコーナーが多い
この点で優れているのが横浜大会かな。横浜は1周6kmくらいと短いが、同時コースイン数をうまく管理しているし、コース幅が広いので高速コーナリングで差をつけることができる。
愛南のように上りが厳しいと全く問題ない。ただ下りがジェットコースター化する。愛南の下りは一方通行で、危ない箇所には畳や体操用マットをたくさん並べて対策している。(小中学校の体育館からかき集めてきたかと思うと微笑ましい)
廿日市は全て悪条件。狭いコース幅で多くの参加者がいれば、コーナーで詰まる。エリートが使ったベタ踏み坂は、 狭いし対面で、トップ選手が時速70kmで中央を80歳おじいちゃん選手を追い抜いてゆくのでは危険過ぎる。
そうなると、やはり、審判さんにがんばっていただきたい。とはいえ、ボランティアの愛好者である運営スタッフさんに厳しさを求めるのもまた厳しな、とも思ったり。
<仕組みレベルでの改善案>
そこで、仕組みレベルで2つ。
- 個々の大会運営: 計測データを、時計ベースで、XLSで公表
- 競技団体レベル: バイクマーシャルへの支援。装備面と、取締のための実技講習
改善1.について、僕の上記2つのグラフには限界があり、固まって見えても「ラン開始時点でたまたま一緒になった場合」も含む。逆に、グラフに含まれない集団はもっと多い。数分遅れの一般部門を含め4−500名の参加者の、その60名だけだから。実際には周回遅れ組も混走しており、もっと酷い。
そこで、「周回」「スタート時刻の違い」という要因を加味するべきだ。「毎周回ごとのタイミングチップの通過データ」が公表されれば、
- T2終了後にたまたま重なった(もしくはその逆=ずっと集団なのにT2までに離れた)
- 周回遅れ組の便乗 〜とくに女子上位選手
という2つのケースを見分けることができる。データではこうだよね、という事実を提示される可能性があることは、一定の抑止力にはなりうる。(宮古とかも計測地点増やすといいだろう)
なお「写真や動画の公開」は(以前のブログでは書いたけど)、部分的なものでしかない。例えば、僕の2013セントレアでの僕の「引率」シーン、前から撮れば集団に見えるけど、横からは開いている。その時だけ詰まってる場合もあるし。
改善2.は、審判にとって何かと難しいことだと思うから。
海外大会では、広いコース幅と見通しの効く長い直線で、二人乗りバイクで運転者と摘発担当が分かれている。簡単に発見し、両手でメモできるから、集団でも違反を出せる。日本の狭いコースで、1人で運転しながら、ではどうにも難しい。そこで装備面では
- 無線で違反ナンバーを本部に読み上げて伝える
- 動画撮影データもリアルタイムに送信して間違いを防ぐ
- できれば二人乗り化
などできるといい。
それを、実際に10−20名が固まってる集団に対して現実に出せるためのシミュレーション=実技講習も必要だと思う。ぶっつけで1人で集団相手って、それは無理ってもんじゃない?
これらのために必要なコストは、参加者は、喜んで負担すると思う。
<強くなろう!>
個々の選手の意識・行動については、2015年9月のこちら投稿で書いたのでご参照→ 『「トライアスロンにおけるドラフティング問題」 竹内鉄平さんの決定版まとめと、僕の意見』
要点:ドラフティングエリアには「追い越しをかける時以外、入ってはいけません」=「15秒間なら入ってもいい」のではない。なんだけど、前走車がペースを緩めるとあっという間に入ってしまう。そして抜かれたら減速しないといけないし、逆に集団を抜くときには一気に全員を抜かなくてはならない(途中でやめると「ブロッキング」の反則)。厳しい勝負なのだ、本来は。
今回の話に絡め追記しておくと、「正規分布」の先頭に出ることが手っ取り早い。バイク独走力に加えてクリテリウム的なコーナー脱出ダッシュに強い選手なら、今回の塊の速さならぶっちぎることができる。
まあ、そうゆう選手が数人も集まると(=正規分布の先頭少し後ろの状態)、規定の距離を保ってバトルを始めると、結果的に合法トレイン化したりもするだろうし、これはこれで微妙ちゃあ微妙なんだけど、それでも、レースのレベルは上がる。
そして、世界のトップエイジは、今回なら60分切るくらいのラップを叩き出すだろう。追いつけば、さらに抜け出すことができる。
それぞれに、誇ることのできる闘いをしてもらえればいい。レースの楽しさって、結局、そうゆうことだと思う。
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