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2016年2月の2件の記事

2016年2月26日 (金)

マラソン&ロングRunパートへ、世界の常識?「ウォークブレイク」の勧め 〜 名著『ギャロウェイのランニングブック』より

"少なくとも最後まで歩かなかった"
 
とは村上春樹の名エッセイ「走ることについて語るときに僕の語ること」を締める有名なフレーズ。日本人はこの種の「継続の美学」を無条件に好む。ただこれは、文学表現としてだけ楽しむのがよさそうだ、て話をこれから書く。
 
フルマラソンは自覚以上に消耗するもの。つい最近もシリアストライアスリートからレース後の疾患報告がきた。ケアとリカバリーへの意識はかなり高い方だけど、それでダメージ自体がなくなることはないのだ。東京が勝負レースのランナー系なら構わないが、3ヶ月以内に別のレースを見据えるトライアスリートなら、どうだろうか? と1年前に書いた→ 「トライアスリートは、フルマラソンしないほうがいい」
感謝や賛意を直接に幾つもいただいているから、(多少は嫌われたとしても)はっきり書かなきゃいけない、と思う。そのリスクを知った上で、どう判断するかは自由。市民アスリートならではの自由だ。
 
そして東京マラソンは出場自体が幸運、走るからには最高にエンジョイしてほしい。そこで全米60万部超のバイブル、「ギャロウェイのランニングブック」(by ジェフ・キャロウェイ)より2点紹介:
  1. レース中にゆっくり歩く「ウォークブレイク」
  2. レース後3-4週間はハードな練習を避ける
この本は1984年初刊、2002年改訂の基本書の1つ。去年ようやく日本語版が出た。表紙は80年代風味だが、中身は決して古くない。2002年といえば、NZの神コーチ、リディアードが今に至るランニング理論を確立してから40年以上。手法は十分に洗練されきっているはず。出版部数と年数から、英語圏では常識とみていいだろう。英語圏でそうなら世界もほぼそうだ。日本語圏などを除いて。
 
 
<1. 歩く>
 
強調されているのが、レース中にゆっくり歩く「ウォークブレイク」。歩き休み。1998ロッテルダム・マラソンでファビアン・ロンセロは途中、このウォークブレイクを数回入れながら当時世界記録2:07:26で走っている。アイアンマンKONA’15の世界王者フロデノも、途中エイドでは歩きまくりながら(もちろんゴール前も歩いて)ランパート42.2kmを2:52だ。
 
歩くことによるタイムロスは、ペース×距離で計算してみれば、実は微々たるものだ。かわりに得るメリットは:
  1. 筋肉疲労をレース中に回復させ
  2. 筋エネルギーの枯渇を防ぎ
  3. オーバーペースを防ぎ
  4. 故障を防ぎ
  5. リカバリーも早める
実際、同条件化でベテランランナーでフルマラソンが平均13分早くなったというデータが紹介されている。苦しい減量で4㎏とか落とすよりも、途中ゆっくり歩いた方が速い?笑
これFacebookで紹介したらアイアンマンのRunを歩くようにしたら20分以上短縮したよーという声がベテランさんから届いた! なるほど、脚筋負担の大きいトライアスロンの方が、有効な気がする。彼は日本人だが、英語情報にも通じているので、少し前に知ることができたそうだ。(日本語の壁)
 
<方法>
早めにとるほど効果的で、疲労を感じる前に、というのが基本ルール。
本では、「1kmからでも始めるべき」、なんだそう。まあ実際レース、とくに東京マラソンあたり始めは密集集団で、ペースを変え難いだろうけど。また、「6分ごとに1分歩くのが快適なら、25-30kmまでは5分ごと、32kmで4分ごと、35kmで3分」とも書かれている。かなり歩くよね。
 
ゆっくり歩くことが大事で、一般的なランニングペース(どれくらいかは書いてない)と比べ、「1分間の早歩きによるロスは15秒、ゆっくり歩きでは20秒」なんだと。このわずかなロスに焦ってはいけない。
 
実際、個々の走力によるし、できれば、ペース走的な練習の中で試行錯誤しておくべきだ。
 
生理的/医学的な仕組みはおそらく、歩くことで筋繊維の使用箇所が変わり、その前使ってた繊維が回復する、てとこかな。強度が弱まるとこうゆう現象が起きることは、筋トレ理論で確認されている。
 
ウォークブレイクという言葉は、本書出版の2015年から日本語ネットに出始めている。「マラソンでは歩いていい」という指導なら、完走目的の初心者向けには以前から多い。でも、それで2時間7分で走れる、てトーンは無い。これ、かなりなインパクトではないかな。
 
<追記>
実戦ペースは、以下の計算をご参考に。
  • ゆっくり歩く=キロ10分と仮定すれば1分歩くと100m。これで20秒ロスする場合のペースは100m40秒=キロ6分40秒=マラソン4時間40分くらい
  • キロ4分で走るランナーなら1分歩くと36秒ロス
  • km4の力があれば、エイドで20秒だけ歩くだけでいいかも。ならば1回ロスは12秒 (フロデノのアイアンマンRunはこれくらいかな)
それで巡航に戻ったときkm何秒あがるかの勝負。
本来は前日付け焼き刃ではなく練習しておくべきだけど、マラソンを「本番前リハーサル」として気楽に臨めるのなら、試す価値ありそう。
 
<2. リカバリー>
 
3週間リカバリーを入れても、そこから宮古まで4週間ある。その前半の2週間で、対策ロングライドなどを集中させ、それまでは焦らずスイム技術に集中すれば、よいのではないだろうか。
あるいは、マラソン中の負荷を落とす手もある。でも、せっかくの大会で、わざわざパフォーマンスを落としにいくのも、もったいなくもある。
 
ウォークブレイクで、両取りを狙うのは、試してみる価値ありそうだ。
 
この本の上級者向けパートでは「やり過ぎるな」と強調している。練習量を積んで中級から上級レベルに上がった時、過去の成功体験から、さらなるヘビーな練習を求めてしまいがちだ。しかし、実際必要なのは逆。正しい知識は重要だ。
 
今年は天気よさそうだけど、少なくとも故障だけはしないようにしよう。
 
本の翻訳は、ランニング学会の大御所、有吉正博先生らのチーム。それで出版元も大修館書店というマジメ系で、書棚でのインパクトは、モデルさんや有名エリート選手の写真を流行のデザインに載せまくる類書には劣る。でも本は中身、こうゆう本こそ売れるべきだ。やっぱり古典や基本書は大事。
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僕の初マラソンは 2013アイアンマンKONAのRunパート 、記録3:21:57。
この時にこの知識があれば、15kmあたりの急坂を笑いながらダッシュするようなマネは決してせず、25km過ぎからの急ブレーキも幾らか抑えることができ、もっとマシなタイムで走れたことだろう。シューズも薄すぎるし(AdizeroーSen)、入りも1km4分ちょいで速過ぎるし、反省しかない。。
 
ただ、練習では一貫して歩きを挟んでいた。こまめにゆっくり歩きを挟むことは、練習全体のパフォーマンスも、またランニング技術も、かなり上げてきた実感がある。これはバイク錬も同様。
ノンストップでペース走的なのは、2013のKONA前まで殆どやってなかった。その頃には、ランニング技術はかなり上がっていた。あとは、レース中にもやるだけだったなあ。レースは練習のように!笑
 
・・・
 
別件ですが:ココナッツオイルはクエン酸で水に溶かせるそうです。
 

2016年2月 6日 (土)

福士加代子選手の腕振り、米500g、そして名古屋ウィミンズマラソン参戦についての考察

先週の大阪女子マラソン、福士加代子選手と永山忠幸監督とのコンビは、耐久系プロアスリートとして最高級のお手本を見せてくれる。いろんな意味で。

以下、レース展開、ランニング技術、エネルギー、リオ出場戦略、広報戦術、一発勝負で選考できない理由について書く。

<レース展開>

TV見てて、これが長距離レースだ、と嬉しい気持ちになったよ僕は。狙いを定め、それを実現するためのトレーニングを考え、継続し、そしてレースで狙い通りに展開して、先頭に(あるいは目標通りの位置に)立つ。耐久レースの真髄は、そこから始まるもの。

その儚い時間のために、日々のトレーニングはある。僕もこうゆうレースができるなら今年の宮古でてたんだけど(苦笑)

(※ちなみに僕は宮古キャンセルしてます。そうゆうレースが今年の宮古でできない=そのためのトレーニングができないことがわかっている以上、出る意味を見つけられない。僕にとってレースとはそうゆうものです)

<ランニング技術>

技術的には、腕振りが効いている。そのリズムの良さは、誰でもTVで一目でわかると思う。

  • 腕を広げ、低く位置させて、二重に遠心力を高め
  • その波動を、肩&肩甲骨を経由し骨盤に伝える
  • その伝達経路である胴体は、身体の割にずしっとした印象で、その強い力を受け止めている

と見る。物理法則に叶っている。

後方への引き角はおおよそ45°。これ続けるのは結構たいへんだ。実際、速くない市民ランナーさんは、腕が全然引けてないことが多い気がする。思い当たる方は、いちどやってみよう。特にトライアスロンならば腕振りは生命線だ。腕さえ振り続けていればゴールまで生き延びることができるはず。

なお、「腕が引けてない」のは、「押せてない」からだ。ランニングとは振り子運動なので、押し引きが同等に必要。ただ、引く動作の方が目立つだけだ。福士選手の腕は、押し引きが同じくらいに効いている。これも一目でわかると思う。

Profile_photo写真は ワコール女子陸上部サイト より拝借。やってやりました福士さん!

<エネルギー>

これらはトラック時代のスピードあっての走り。その分、長距離になると危うさもあったのだが、ついに克服したか。

と感心していたら、昔の3倍の米を食べるようになった、という報道が翌日だーーーと出てた。米500gを3食だと。て炊飯前なら3.3合、後なら1.5合。どっちだ? こうゆうのを確かめずに載せちゃう記者たちは米を炊いたことがないのか?? 

後の週刊新潮によれば、炊飯後の500g=1.5合だと判明。て1日平均30km走るならそれくらい食べるでしょ?? 以前は毎食0.5合だったわけで、(かわりに油1合飲んでるとかならともかく)そんなんでマラソン走れるわけがない。ケニア人だのフォアフットだの言う前にメシを喰え!!と声高に主張したい僕です。日本の女子長距離を弱くしてる一因は軽量信仰だと僕は確信している。スポーツとはカロリーを筋肉でエネルギー化するものだ。福士さんは正常化してよかった。

ちなみに、重友選手は体重を活かした走りができるイメージだったけど、今回は痩せすぎな印象を受けた。かつて高橋尚子選手がアテネ予選だったか、食べる量を減らして大失速したのを思い出す。どうなんだろう?

 

<リオ出場戦略 〜名古屋ウィミンズマラソン出場プランについての考察>

さて、レース後から話題沸騰のこの話。

 

はじめに、リオ出場への(もっといえばプロアスリートとしてのキャリアの)戦略として考える。

福士選手にとって、名古屋で日本人2名に2時間19分内とかで走られたら、リオに出れない可能性が高い。もしもそれで出たら、それはそれで揉めるのは必至だ。その状況下で、

  • 「五輪でのパフォーマンスを落としてでもリオに出る」
  • 「五輪のベストパフォーマンスを狙った結果、選考落ちた」

とを比較したとき、34歳の福士さんは、後者の可能性を限りなく0に近づけたいだろう。僕がやってたJTUランキングレースでも、「ライバルに高ポイントをとらせないための大会出場」というシナリオは常に考えていたし。レベルはかなり違うけど。(そのカレシと噂される方とも)

名古屋でのレース戦術としては、日本人2位選手にベタ付きしてプレッシャーかけながら、通過タイムが2時間20分ペースかを見極めるだろう。ただ、今の野口選手などに、おそらくそこまでの力はない。

「ランニング・クリール」樋口編集長は、「名古屋で福士選手が日本人2位になるには2時間27分=1km3分30秒でいい」と予測していた(※若手ホープの前田選手の欠場決定前の話=欠場によりさらに下がっている)。大阪では3分21秒だったので、+10%ペースだ。これくらいなら練習の延長として出場してもダメージを残さない。なんなら30-35kmあたりでやめたっていい。公務員ランナー川内選手は毎週のようにフルマラソンを走るけど、たいていはベスト+10%ちょっとで余裕を残している。

仮に2:20を上回りそうなら勝負続行。2時間ちょっとのレースを6週間隔で走る場合、勝負する力は戻すことができるかもしれない、とは思う。(もしも戻ってなければ、それに気づいた時点で棄権すればいい) むしろ、ダメージが残るリスクが大きくなる気がする。これはリオの成績を落とす。これが事実上の最悪シナリオだ。それでも、このシナリオでは放っておけば福士さんの方が落選してしまうわけで、出れないよりはいい。

それは個にとっての部分最適解であって、日本チームとしての全体最適解ではないけど、「そこ考えるのは陸連さんあなたの仕事でしょ?」とボールを渡すことができる。

ここまでのシナリオには、福士選手にとっての現実的なマイナス要素は、実はあまりない。 それを見越して、まあ現実には「ブラフをかけた」のが、永山監督の作戦だろう。

 

<広報戦術 or プロアスリートは競技成績だけではダメ>

さらに俯瞰して言えば、ワコール陣営の広報戦術も素晴らしい。

普通は優勝しても報道のピークは翌日だけ。そこを、名古屋までの6週間、関心と露出とを引っ張り続けることに成功している。

選考を巡っての極めて強烈で刺激強いメッセージをかましているわけだが、少なくとも表面上は、誰を批判しているわけでもない。福士さん個人にはプラスイメージしかない。つまり露出増がそのままプラスの効果を生む。

福士さんのスポンサーはワコール社。この支援の目的は、日本国内の女性消費者、さらに男女ランナーに人気のスポーツウェア「CW-X」ユーザだ。リオでのパフォーマンス最大化「だけ」に集中するより、国内レースを徹底的に盛り上げることによる売上向上効果の方が高い、という判断は十分にありうる。

さらに、出ると言ってるのは永山監督であって福士選手ではないので、どのようにでも変えやすい。永山さん泥をかぶる覚悟だろう。

そんな方向性は、長年の関係の中で、会社・監督・選手間で十分に共有されている気がする。「リオ決定だべえ」と叫んだ福士選手は、自由気ままにそうしたのではなく、それがスポンサー利益になることをわかっていて(or そう感じられるような信頼関係があって)、あれだけ叫んだはず。ちなみに永山監督との師弟関係、13年前の増田明美さんコラムより→ http://www.akemi-masuda.jp/es/es0212.html

こうゆうのは、プロアスリートの大事な仕事だ。

時々、「プロアスリートは試合で結果を出すことだけが仕事」だと思っている(らしい)人を見かけるのだけど、それは必要条件ではあるが、十分条件ではない。たとえば中国選手は、競技成績(というかメダル数か)にもっとも集中できているように見えるけれど、「国家の利益になる」という明確なスポンサー利益が存在する。あらゆるプロアスリートにとって、試合結果によってスポンサー側の目的を実現するまでが、プロフェッショナルとしての本当の仕事だ。

 

<「一発勝負」にはできません!>

「一発勝負で五輪代表を選べばクリアなのに」という意見は根強い。不透明で嫌、て気持ちはよくわかる。

当の陸連にとって、「マラソン以外の全種目」ならば、たとえば日本選手権一発勝負で決めても構わないだろう。問題は、マラソンだけは、選考対象の男女6大会に大新聞+TVグループが付いているということ。

それはまず収入面に影響する。アメリカの「スーパーボウル」のように、一発勝負ならではのブランド価値を高め、スポンサー料金を高騰させる手は、考えてみることは可能だ。でも、実現可能だろうか? 日本では大会ごとに大メディアグループが威信をかけて営業しているはずで、一発勝負化するとは、男女で延べ4グループ分が手を引くということだ。総収入は大きく落ちるだろう。

それに、日本人て、「ブランド向上による料金高騰」みたいなのを嫌うよね? 特にスポーツ分野では。

さらに、メディアとの関係性もある。陸上人気がマラソンに依存する日本社会で、

「国民的超優良商品を毎年配ってあげるから、マラソン以外のお金にならない種目も日々報道してね」

という長年の新聞TVとの協力関係を崩せないのだと思う。そうゆのが日本人の仕事の仕方だ。

つまりは、陸連だけの問題ではない。こうした事情を無視して「アメリカではどうのこうの」みたいな評論は無意味だ。

・・・

さらに考えると、こうゆう事態が続出し、そのデメリットまで顕在化してきた場合には、陸連も再考せざるを得なくなるかもしれない。それはイコール、メディアとの関係も見直すということ。大メディアに依存せずに、陸上競技全体が成長できるということ。社会に根付いた文化としての陸上が育っているということ。そんな状況が、いつ実現するだろうか。

←さいきん読んでおもしろかった

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『覚醒せよ、わが身体。〜トライアスリートのエスノグラフィー』

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