先週の大阪女子マラソン、福士加代子選手と永山忠幸監督とのコンビは、耐久系プロアスリートとして最高級のお手本を見せてくれる。いろんな意味で。
以下、レース展開、ランニング技術、エネルギー、リオ出場戦略、広報戦術、一発勝負で選考できない理由について書く。
<レース展開>
TV見てて、これが長距離レースだ、と嬉しい気持ちになったよ僕は。狙いを定め、それを実現するためのトレーニングを考え、継続し、そしてレースで狙い通りに展開して、先頭に(あるいは目標通りの位置に)立つ。耐久レースの真髄は、そこから始まるもの。
その儚い時間のために、日々のトレーニングはある。僕もこうゆうレースができるなら今年の宮古でてたんだけど(苦笑)
(※ちなみに僕は宮古キャンセルしてます。そうゆうレースが今年の宮古でできない=そのためのトレーニングができないことがわかっている以上、出る意味を見つけられない。僕にとってレースとはそうゆうものです)
<ランニング技術>
技術的には、腕振りが効いている。そのリズムの良さは、誰でもTVで一目でわかると思う。
- 腕を広げ、低く位置させて、二重に遠心力を高め
- その波動を、肩&肩甲骨を経由し骨盤に伝える
- その伝達経路である胴体は、身体の割にずしっとした印象で、その強い力を受け止めている
と見る。物理法則に叶っている。
後方への引き角はおおよそ45°。これ続けるのは結構たいへんだ。実際、速くない市民ランナーさんは、腕が全然引けてないことが多い気がする。思い当たる方は、いちどやってみよう。特にトライアスロンならば腕振りは生命線だ。腕さえ振り続けていればゴールまで生き延びることができるはず。
なお、「腕が引けてない」のは、「押せてない」からだ。ランニングとは振り子運動なので、押し引きが同等に必要。ただ、引く動作の方が目立つだけだ。福士選手の腕は、押し引きが同じくらいに効いている。これも一目でわかると思う。
←写真は ワコール女子陸上部サイト より拝借。やってやりました福士さん!
<エネルギー>
これらはトラック時代のスピードあっての走り。その分、長距離になると危うさもあったのだが、ついに克服したか。
と感心していたら、昔の3倍の米を食べるようになった、という報道が翌日だーーーと出てた。米500gを3食だと。て炊飯前なら3.3合、後なら1.5合。どっちだ? こうゆうのを確かめずに載せちゃう記者たちは米を炊いたことがないのか??
後の週刊新潮によれば、炊飯後の500g=1.5合だと判明。て1日平均30km走るならそれくらい食べるでしょ?? 以前は毎食0.5合だったわけで、(かわりに油1合飲んでるとかならともかく)そんなんでマラソン走れるわけがない。ケニア人だのフォアフットだの言う前にメシを喰え!!と声高に主張したい僕です。日本の女子長距離を弱くしてる一因は軽量信仰だと僕は確信している。スポーツとはカロリーを筋肉でエネルギー化するものだ。福士さんは正常化してよかった。
ちなみに、重友選手は体重を活かした走りができるイメージだったけど、今回は痩せすぎな印象を受けた。かつて高橋尚子選手がアテネ予選だったか、食べる量を減らして大失速したのを思い出す。どうなんだろう?
<リオ出場戦略 〜名古屋ウィミンズマラソン出場プランについての考察>
さて、レース後から話題沸騰のこの話。
はじめに、リオ出場への(もっといえばプロアスリートとしてのキャリアの)戦略として考える。
福士選手にとって、名古屋で日本人2名に2時間19分内とかで走られたら、リオに出れない可能性が高い。もしもそれで出たら、それはそれで揉めるのは必至だ。その状況下で、
- 「五輪でのパフォーマンスを落としてでもリオに出る」
- 「五輪のベストパフォーマンスを狙った結果、選考落ちた」
とを比較したとき、34歳の福士さんは、後者の可能性を限りなく0に近づけたいだろう。僕がやってたJTUランキングレースでも、「ライバルに高ポイントをとらせないための大会出場」というシナリオは常に考えていたし。レベルはかなり違うけど。(そのカレシと噂される方とも)
名古屋でのレース戦術としては、日本人2位選手にベタ付きしてプレッシャーかけながら、通過タイムが2時間20分ペースかを見極めるだろう。ただ、今の野口選手などに、おそらくそこまでの力はない。
「ランニング・クリール」樋口編集長は、「名古屋で福士選手が日本人2位になるには2時間27分=1km3分30秒でいい」と予測していた(※若手ホープの前田選手の欠場決定前の話=欠場によりさらに下がっている)。大阪では3分21秒だったので、+10%ペースだ。これくらいなら練習の延長として出場してもダメージを残さない。なんなら30-35kmあたりでやめたっていい。公務員ランナー川内選手は毎週のようにフルマラソンを走るけど、たいていはベスト+10%ちょっとで余裕を残している。
仮に2:20を上回りそうなら勝負続行。2時間ちょっとのレースを6週間隔で走る場合、勝負する力は戻すことができるかもしれない、とは思う。(もしも戻ってなければ、それに気づいた時点で棄権すればいい) むしろ、ダメージが残るリスクが大きくなる気がする。これはリオの成績を落とす。これが事実上の最悪シナリオだ。それでも、このシナリオでは放っておけば福士さんの方が落選してしまうわけで、出れないよりはいい。
それは個にとっての部分最適解であって、日本チームとしての全体最適解ではないけど、「そこ考えるのは陸連さんあなたの仕事でしょ?」とボールを渡すことができる。
ここまでのシナリオには、福士選手にとっての現実的なマイナス要素は、実はあまりない。 それを見越して、まあ現実には「ブラフをかけた」のが、永山監督の作戦だろう。
<広報戦術 or プロアスリートは競技成績だけではダメ>
さらに俯瞰して言えば、ワコール陣営の広報戦術も素晴らしい。
普通は優勝しても報道のピークは翌日だけ。そこを、名古屋までの6週間、関心と露出とを引っ張り続けることに成功している。
選考を巡っての極めて強烈で刺激強いメッセージをかましているわけだが、少なくとも表面上は、誰を批判しているわけでもない。福士さん個人にはプラスイメージしかない。つまり露出増がそのままプラスの効果を生む。
福士さんのスポンサーはワコール社。この支援の目的は、日本国内の女性消費者、さらに男女ランナーに人気のスポーツウェア「CW-X」ユーザだ。リオでのパフォーマンス最大化「だけ」に集中するより、国内レースを徹底的に盛り上げることによる売上向上効果の方が高い、という判断は十分にありうる。
さらに、出ると言ってるのは永山監督であって福士選手ではないので、どのようにでも変えやすい。永山さん泥をかぶる覚悟だろう。
そんな方向性は、長年の関係の中で、会社・監督・選手間で十分に共有されている気がする。「リオ決定だべえ」と叫んだ福士選手は、自由気ままにそうしたのではなく、それがスポンサー利益になることをわかっていて(or そう感じられるような信頼関係があって)、あれだけ叫んだはず。ちなみに永山監督との師弟関係、13年前の増田明美さんコラムより→ http://www.akemi-masuda.jp/es/es0212.html
こうゆうのは、プロアスリートの大事な仕事だ。
時々、「プロアスリートは試合で結果を出すことだけが仕事」だと思っている(らしい)人を見かけるのだけど、それは必要条件ではあるが、十分条件ではない。たとえば中国選手は、競技成績(というかメダル数か)にもっとも集中できているように見えるけれど、「国家の利益になる」という明確なスポンサー利益が存在する。あらゆるプロアスリートにとって、試合結果によってスポンサー側の目的を実現するまでが、プロフェッショナルとしての本当の仕事だ。
<「一発勝負」にはできません!>
「一発勝負で五輪代表を選べばクリアなのに」という意見は根強い。不透明で嫌、て気持ちはよくわかる。
当の陸連にとって、「マラソン以外の全種目」ならば、たとえば日本選手権一発勝負で決めても構わないだろう。問題は、マラソンだけは、選考対象の男女6大会に大新聞+TVグループが付いているということ。
それはまず収入面に影響する。アメリカの「スーパーボウル」のように、一発勝負ならではのブランド価値を高め、スポンサー料金を高騰させる手は、考えてみることは可能だ。でも、実現可能だろうか? 日本では大会ごとに大メディアグループが威信をかけて営業しているはずで、一発勝負化するとは、男女で延べ4グループ分が手を引くということだ。総収入は大きく落ちるだろう。
それに、日本人て、「ブランド向上による料金高騰」みたいなのを嫌うよね? 特にスポーツ分野では。
さらに、メディアとの関係性もある。陸上人気がマラソンに依存する日本社会で、
「国民的超優良商品を毎年配ってあげるから、マラソン以外のお金にならない種目も日々報道してね」
という長年の新聞TVとの協力関係を崩せないのだと思う。そうゆのが日本人の仕事の仕方だ。
つまりは、陸連だけの問題ではない。こうした事情を無視して「アメリカではどうのこうの」みたいな評論は無意味だ。
・・・
さらに考えると、こうゆう事態が続出し、そのデメリットまで顕在化してきた場合には、陸連も再考せざるを得なくなるかもしれない。それはイコール、メディアとの関係も見直すということ。大メディアに依存せずに、陸上競技全体が成長できるということ。社会に根付いた文化としての陸上が育っているということ。そんな状況が、いつ実現するだろうか。
←さいきん読んでおもしろかった
←「ブラよろ」旧シリーズなんと全て0円! 新シリーズもまとめ買いで99円! こちら未読ですが
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