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2015年5月 5日 (火)

「アスリートの魂・萩野公介選手」の解説の欠陥と、より正しい理解

NHK「アスリートの魂」で競泳の萩野公介選手が特集されていた。番組サイトによると:
 
 
前文はまったくその通り。彼以前には、「船長は長いほど抵抗が少ない」という造船工学の理論がまことしやかに説かれていた。スポーツ科学なんてその程度のもんだ。水泳は技術、という真理に注目させたという点で、競泳史におけるインパクトは北島康介選手を上回ると僕は思っている。
 
でも後段はハッタリだな。
 
<高解像度映像は貴重!>
まず良いところを書くと、個々の筋肉まで見える高解像度での泳ぎの動画は、この番組にしかない。Youtubeでも、世界選手権の中継でも、ここまで映せない。だから「力感」や泡の流れまでわかる。
 
僕にはこれで十分で、泳ぎだけ3分間に編集し、音を消して繰り返し見ている。これだけでNHK受信料の今月分くらいの価値はある。それ以外は見るべきものがなかったけど。(だから音を消してる)
 
<わかりやすい物語、の限界>
ある意味それは当然で、スポーツ番組に求められるのは、「誰が見てもわかりやすい物語」だから。僕などはそもそも想定ターゲットではないわけで、そこに文句を言うべき立場にはない。
 
なんだけど、マジメな方々は信じちゃうかもしれない。それは逆効果ともなりうるので、僕がかわって、「より正しい解説」 をしておこう。

※ 念のため、「正しい」ではなく「より正しい」という表現を見落とさないよう(笑
※※識者の方へ:補足・訂正・反論などいっぱいあると思うので、お気軽にバシバシどうぞ(苦笑 

<番組での解説の欠陥> 
まず、現実的な問題点から。「キャッチで下向きの力をかけて上半身を浮かしている」と解説されていたが、上半身が浮けば、下半身は沈むのが道理だ。
 
実際、初心者は、ストロークを下に押して、下半身を沈めて、大きなブレーキをかけている。
(その初心者向けの解決法を示すのが、TI=トータル・イマージョン)
つまり、この番組をマトモに信じると、初心者の罠に陥ってしまう。
 
この点への答をいうと、彼はキックがすさまじく強い。このレベルの選手は、100m1分を切ったりするようだ。キックで下半身を浮かすから、上半身を浮かすことが許される。
 
だとすれば、「キックは同じくらい超速い選手」が、「下向きのストローク」に変えれば、もっと速くなるのか? それくらいの比較をして始めて「徹底解析」といえるだろう。しかし残念ながらその答はノーだろー。でも理由はややこしいので、本日の本菜を先に:
20150505_154009
 
<萩野選手の、より正しい分析>
まず推進力については、以下の5つのステップで理解できる 
  1. 入水時の一瞬の静止姿勢(上の写真)により、指先から腰までの広い面積で、上方向への揚力を発生させる (その上への力をストロークにより維持)
  2. 水面ギリギリの位置から、下方向へのストロークを開始し、揚力による前方向の推進力を発生させる (手を沈める選手よりも、推進力を発揮する時間を長く取れる)
  3. 同時に、抗力による上方向への力を得て、上記1.での浮力を一定に維持する
  4. 上体を浮かすことで、下半身には「後&下」方向への力が働く。そこに超強力6キックで後方からも「前&上」の力を得る
  5. 上記4.とは、腰のあたりで力がぶつかるということ。その両者を、強力な体幹で繋ぐ。相互作用により、キックも、ストロークも、強くなるイメージ(物理学的な反作用としではなく、力感として)
ここで「揚力と抗力」については、後述の説明参照。上記5.のポイントは難しいと思うから、わからなければ無視してOK。ただ僕はそれを少し理解できたことで少し速くなれた。
 
左右バランスについては、
  1. 呼吸する右側は、「S字ストローク」による長い軌跡で、呼吸時間を確保
  2. 左はI字ストロークでピッチを上げる
  3. その結果、左右での「フロントクワドラント」の位置が違う。左ストロークのが溜めを効かせ、右は早めにストローク開始
体幹の利用法については、
  1. ローリングを効かせてる=つまり「1軸」泳法
  2. ストロークは身体のやや外側
  3. つまり、まず体幹を振り、その先(の腕)を揺さぶって、ストロークしてる感じ
あのキックは、世界トップのスイム力のある6キックのトライアスリート(たとえば南アフリカのスクーマン選手)でも打たないor打てないレベルだろう。
 
結論:よい子はマネしてはいけません。。
 
喧嘩に巻き込まれても、けしてメイウェザーの真似をしてはいけないのだ。
僕ら平凡なスイマーは、とにかく基本を徹底理解すべきだ。高橋雄介コーチなどの良書で学びながら。
  
 
<「抗力」は10年前の理論>
理論的な問題点についても説明しておこう。興味ない方には興味ないと思うけど、ある意味、番組のインチキさは、こちらにより強く表れているとも言える。
 
番組での解説は、東工大の中島求先生。彼が開発した水泳シミュレーション・ソフトによる。そのサイトを読むと、水平×垂直という二元ベクトル分解だけで解析している。その前提は、「抗力」のみを推進力とする理論であるはず。
 
でもそれは’00年代のイアン・ソープ選手を素材にした10年遅れの理論だろう。
ソープの泳法とは、典型的ハイエルボーでヒジ先を垂直に立てて、真後ろに水を押す。押すから進む。それが「抗力」による推進力だ。
ソープは速い、真後ろに押す泳ぎだ、じゃあ抗力、という単純な理屈にみえる。その後、「スッポンも抗力で進む」という研究が注目されもした。じゃあカジキとかマグロは?? というツッコミはされない。スポーツ科学なんてその程度のもんだ。(ちなみに「二軸I字ストローク」もその頃に提唱された。まだ最新だと信じてる人いない?)
 
そしておそらくは中島先生も、その流れの中、抗力理論に依拠したソフトウェアを開発し、約10年後、この番組に登場した。番組スタッフにとって「わかりやすい物語を語ってくれる専門家」としてちょうどよかったのだろう。
 
「抗力」の考えは、一見、わかりやすそうだ。 
ランニングなら実際わかりやすく、地面を押すだけで、抗力を確実に得ることができる。地面という物体は安定しているので、加えた力と同等の反作用を、同じ方向に返してくれる。
 
しかし、水泳における実態は、そうではない。
 
<「揚力」との「合力」が最先端>
泳ぎの理論は、オリンピックのたびにマイナーチェンジが入り、結果、2大会ちょっと=10年すればメジャーチェンジとなる。
 
ソープから10年後の今、水泳の推進力は「揚力」と「抗力」とが合成された「合力」(ごうりょく) だとされている。
  • 「揚力」とは、飛行機の翼と同じで、横方向の力から縦の推進力を生むもの
  • 「水中の抗力」とは、「水を腕で押すと、渦が幾つも発生して、抵抗となり、腕を押し戻す」ことによって、始めて腕が前に進もうとする
どちらも、とてもわかりにくい。
そのわかりにくいもの同士がくっついた「合力」なのだから、よけいにわかりにくい。
「水という物体」とは、実は押すことができないのだ。
僕らにできるのは、「渦を発生させること」だけ。強い抗力とは、「より大きく、より多く、より速い渦の、集合体」によって生まれる。極めて不安定。
だから、一見、進まなそうな揚力とも、実は大差ないのだろう。
 
これら力の発生メカニズムは「流体力学」であり、むちゃくちゃ複雑だ。船や飛行機なら、プロペラやスクリューも、またボディも、一定の形状なので、まだ予測できるのだろうが、水泳なら、いずれもぐにゃぐにゃしている。その動作を正確に解析できる機械やコンピューターなど存在しないのでは。
少なくとも、番組でやっていたような映像からの単純な分析は、無意味だ。
 
女子長距離で圧倒的なスピードを見せるレデッキー選手などのストロークは、そう考えないと説明がつかない。萩野選手も同じだ。
詳しくは、以前紹介したSheila Taorminaの最新刊「Swim Speed Strokes for Swimmers and Triathletes」 などお読み頂きたい。
 
つまり、萩野選手キャッチ初期の下向きの動作は、揚力による推進力を生む。その発生タイミングが早いことが、映像を見ればわかるはずだ。まずここに注目すべきだと思う。同時にその動作は抗力による浮力も発生させる。その点に限れば、番組の説明は間違いではない。
 
<フェルプス選手との違い>
ところで、2008年NHKスペシャルも見なおして、フェルプス選手との違いもわかった。けど、書くの面倒だなあ。。
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