2017年5月 6日 (土)

キプチョゲ2時間切りまであと26秒! NIKE ”Breaking2” プロジェクト

構想4年、僕の初の書店刊行本、『覚醒する身体 ー トライアスリートのエスノグラフィー』(仮題)夏に東京ハーベスト社より発行決まりました。待ってろ世界。
 
さてさて、本日昼にネット中継されたNIKEのフルマラソン2時間切りプロジェクト ”Breaking2” 、ほぼフル視聴。いきなりキプチョゲが2:00:25、2時間切りまで、あと1マイルあたり1秒をきってきた! もうあとは、時間の問題だろう。
↑ 動画は44:40あたりから開始。
 
<シューズ>
ランニング・クリール誌が現地取材している。その情報では、シューズ ”Vaperfry Elite” は「驚くほど軽く、手で曲げたくらいでは曲がらないほど、カーボンファイバーのプレートが硬い構造」だそう。
トップ選手には、アディダスの反発素材よりも、この剛性で攻めるほうが向いてると思う。そして、世の市民ランナーの99%以上は使いこなせないだろう。
 
またアーチ型のソール形状は、典型的なフォアフット走法での、前側一箇所の反発力で、シュ、と鋭く進ませる。トライアスリート人気の高いNewtonと形状的には似てるようでもあるけど、原理、想定するフォームは違いそうだ。
 
<エアロ効果>
もう一つの秘密兵器が、空力の最大活用。平均時速が20kmを超えるので明らかな効果があるはずだ。
 
ペース設定は電動のテスラ、ルーフに必要以上に巨大なタイム表示板を載せることで、中型トラック並の大きな空気の渦を作る。後方から大きく巻き込む流れに、背中から押されるようなポイントがあるはず。(おそらく、先導車との位置関係は、国際陸連が今後ルールを作ってくると思う。ちなみに自転車レースではたしか35m?とか空けるルール)
 
さらにペースメークのランナーが6人、「1-2-3」のフォーメーションでクサビを作り、空気を切り裂く。何人いるのかなとゼッケンNoを見ると、全員1−3、色だけ違う。色別に3人チームを作っての交代制だ。
チャレンジャーは3人、常にイン側を走るのは一人だけ赤ウェアのキプチョゲ、エース設定だ。大きなフォームが特徴のデシーサが背後につき、さらなるエアロ効果を狙う。(たしか、自転車では後ろについてもらったほうが、抵抗が減る)
結局、ランナーは「1-2-3-2-1」の流線型フォーメーションを作り、エースのキプチョゲを、空力的に最大アシストする。この人的アシストなら公認レースでも可能だ。
 
1つおもいついた、常時追い風のコースを選定する! ハワイ島北西岸の貿易風を受け続けるとか!笑
 
<キプチョゲ>
2016リオ王者、キプチョゲの安定感はハンパなく、前半は風のごとくスムーズ。負荷感がまったくみえない。
 
彼の走りは、前後軸でみた時に、後方への動作が大きく力強いと感じた。
上体をすこしだけ前に傾けて、前に倒れこむ位置エネルギーを常備させ、後方への腕振りで制御しながら、脚を大きく後方に投げ出してゆく。
上下動も活かしていて、体重が落ちる位置エネルギーを接地&キックと同期させ、推進力に活かしている。(※上下動がないのが理想の走りではない)
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25kmまではマイナス1秒。
25km〜35kmにかけ、5kmあたり4秒落ち。やはり90分を過ぎるあたりから、運動の質が変わってゆくのだろう。
35−40kmでさらに10秒ほど。ペースカーとの差も開き、アシストランナーも心配そうに後ろを振り返り声をかけて、苦しそうな現場感が映像からも見える。集音マイクで中継してほしかった!
最後は、軽やかさが失われ、重力に抗いながらもペースを保って、2:00:25。
あと1マイルあたり1秒を切ってきた(マラソンは26.2マイル)わけで、初チャレンジにしてこれだけ迫るのは、キプチョゲほぼ最高の結果といえるだろう。世界記録も2分以上を上回り(公認記録ではないが)、みんな嬉しそうだ。
 
<大きな一歩>
これで、みんな、いける!と確信を持ったはずだ。
キプチョゲ級の世界トップを3人揃えれば、次のチャレンジにでも2時間突破するだろう。
高速コースでのマラソンでも、できる、と自信を持って突っ込んでくる選手も出てくるはずだ。
 
運動生理学者が主導し、シューズもそれに合わせて用意されたようだけど、環境をコントロールしきった実験室のようなF1サーキットで実施したのも、このプロジェクトの大きな成功要因だろう。環境って大事だ。
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・・・ おしらせ ・・・
 
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2017年2月 5日 (日)

フルマラソンでは堂々と歩け! 〜ある"ガラパゴス記事"へのツッコミ

※おことわり: 標題「ガラパゴス」とは、日本独自の発展を遂げたという意味であって、それ以上でもそれ以下でもございません。ちなみに僕はガラパゴス携帯の愛用者です。
※なお問題は雑誌自体ではなく特集記事なのでタイトル文言を変えました。批評は人格ではなく個々の行為に対するもの。
 
こちら人気ランニング雑誌の最新号特集: "フルマラソンは「最後まで歩かない」がホントの完走!"
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悪い予感は図書館で確認、的中した。"フルマラソンは歩いたら負け、痛みに耐えて走りきれ!"  てトーンの内容だ。これは危険であるのみならず、(日本以外の)世界では普通な技法「ラン&ウォーク」もしくは「ウォークブレイク」を、人気競技誌の編集部が知らないってことではないだろうか。 全6ページでの実質3つの記事ではあるが、誰もが目にする巻頭特集。"日本語の壁"が作り出したガラパゴス状況でなかろうか?
 
 
<歩いていい、ただし日本以外では> 
レース途中で歩くのは、名著『ギャロウェイのランニングブック』で、英語圏では1984年から説かれ、2002年の改訂版ではさらに重視されて、その日本語訳も2015年5月に出版された。日本人コーチが同様のことを書いた本も幾つもある。
トライアスロンでも、大御所Joe Friel先生もTwitterやブログで推奨しているし、他の記事でもよく見かける。少なくとも英語圏では常識といっていい。アイアンマン世界選手権KONA2015でも、圧勝したフロデノはランのエイドで歩いていた。フロデノはハワイの酷暑下で確実に身体を冷やしたいという理由で、毎回歩いているわけではないようだが、この根拠があったから歩けたといえる。
 
途中で歩くことのメリットは、こちら過去記事2つご参照:
エイドだけでも歩いて確実に補給しながら、筋肉をリラックス&リセットするのは、完走目的の初心者にこそ試してほしい方法だ。同時に、エイドの方にお礼を言うことも(やろうと思えば)でき、励ましの言葉も頂けたりもする。こうすることで精神的にもリラックスし、エネルギーをもらうことができる。
 
こうして心身と対話しながら余裕を持って進むことで、故障リスクを減らしながら、身体のポテンシャルを最大限に引き出すことができるだろう。
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<知ってて選んだのか、ただ知らないだけのか> 
念のため、個々人がこうした情報を踏まえつつも、「自分は最後まで歩かない」と決意し、レースで実行するのは、立派なことだ。自分自身で目標を決めて、達成することで、自分だけの勝利を得ることができる。それが市民耐久スポーツの魅力。
あるいは、一定スピードを維持した方が楽だという場合もある。特に2時間台のどこかで勝負しているレベルではこのタイプが多いだろう。たしか宮古島トライアスロン2016で二連覇の戸原選手は、蒸し暑さの中で確実にエイドを取ることを重視して歩きを入れていたけど、ちょっとリズムが崩れがちになると言っていた。こうゆうのは個々の、場面ごとの選択だ。
 
でもこっちは、不特定多数に向けた人気メディアでの特集だ。主要な選択肢は提示した上で、「それでも歩かないと、楽しみが深まるよ」という提案型アプローチなら構わない。しかしこの特集は、「他に選択肢のない絶対正義」という前提で書かれている。無知と精神論の融合であるのなら、なおさらタチが悪い。
 
この雑誌は、もっぱらカジュアル&ファンランナーが読者層かと思う。より速さを求め始めると、より理論を重視した別の人気雑誌などに行くと思う。こうした分担は良いことで、入門層に対して適切なガイドをするメディアの役割は大事だ。ここに優劣はない。
問題は、こうした初中級者層がこの根性我慢系アプローチをすると、故障確率が確実に上がることだ。頭で考えたことに身体の感覚を服従させるということであり、いわば "現場を無視した会議室の決定" になりかねない。
 
 
<ランニングの精神論> 
「キツい努力が報わることが多い」のは、耐久スポーツの1つの真実であり、また魅力でもある。なんらか精神的なものをそこに求めること自体は、よいことだ。正しい情報の中から選択されたものであるかぎりは。
ただし、「キツくすることで(安易に)達成感も高めることができる」という側面もあり、そこにハマると、怪我故障のリスクを大幅に高める。そのリスクが現実化するまでアクセルを踏みがちなので、発生確率はかなり高いのではないだろうか。もしくは精神的バーンアウトか。
 
伝統ランニング界は、こうした競技自体と関係ない部分での「こうあるべきだ」という教条的な縛りが強いように感じる。それは箱根駅伝にも表れていて、水の補給は1997年、スポーツドリンクは2016年にようやく提供が認められた。水からスポーツドリンクまで20年を要する謎の組織文化。年長世代の価値観を継承することを目的とした、ある種の宗教的情熱の産物だろうか?
同じランニングでも、新興のウルトラやトレイルはより自由だ。トライアスロンも同じく。これらは1970年代の自由な雰囲気の中で生まれ育った競技。コース設定がキツいこともあり、レース途中で歩くのも当然の戦術だ。なぜ42kmレースではそうではないのか? という説明は、歩かないことを呼びかける以上は必要だと思うのだが。その検討をしなくて済むほど、フルマラソン界の教条は強いということだろうか。
 
マラソン中心のランナー達にも、歩くという方法論を知った上で、それでも 「意地でも歩かない」という方は多いようだ。それは個々の自由なのは、先に書いた通りなんだけど。ただ、「ウォークブレイク党員」が「絶対歩かない党員」たちを後半に抜いてくことは、しばしばfacebookで報告いただいている。
 
例: 歩く勇気。ハーフマラソンで5回歩いたけれど、自己ベストを出した話  ("情報活用・プログラミング教育研究所"ブログ, 2016.04)
 
この時、歩かない党の方々は「歩かなければ彼らもっと速いのに」くらいに誤解してるのではないだろうか? 知らないことには、何も始まらない。
 
僕にとって耐久スポーツにおける努力とは、「あらゆる手を尽くして、最も速くゴールすること」に尽きる。歩かないのも、歩くのも、幾つでもある勝利のための選択肢の1つにすぎない。それがトライアスロンの複雑性。
 
 
<悪例> 
こちら、せっかくスタッフさんが用意してくれた紙コップをなぎ倒す2012蒲郡大会のワタシ。。
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まあエイジ優勝をかけた(失敗したけど)ショートの10kmのランパートなんで、そうそう歩くわけにもいかないのだけど、すこし緩めるだけでも、こうした悪行は防げるのだ。
 
これはこれで、みんなが走っている中で一人だけ歩くわけにはいかない問題もあり、特に人数の多いマラソン大会では、みんなで一斉にでないと、逆に混乱を招いてしまう。
 
 
<良例>
僕のウォークブレイク事例を書くと、2016伊良湖トライアスロン、20kmランのうち平坦区間9kmの平均が1km4:30。途中4回のエイドを全て歩いて確実に身体を冷やした。黄色ラインが落ちてる部分だ。その部分を含む1kmラップの落ちは各回ともせいぜい数秒以内。
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それよりも、折り返し地点を間違えてもう一度戻ったことによるタイムロスが推定10秒〜15秒で大きかった。泣。全体ではかなり余裕あったので、ロングのランパートでのサブスリーにも十分対応するという印象だった。
 
 
<最後に>
日本のランナー達には広く知ってほしい。世界のランニング界では、途中で歩くことのほうが普通だということを。
それを踏まえつつも、歩かないことを選択し、実行しきるのは自分に勝つということ、素晴らしいことだ。自分の身体を痛めない範囲で、かつ他人にその価値観を押し付けるのでもなく、自分だけの勝利を目指してほしいと願う。
 

2017年1月26日 (木)

小林大哲選手事故現場のネット検証、そして競技自転車の「下り練習」について

1/22に書いた追悼: プロトライアスリート小林大哲さん(享年24)が遺したもの 〜 mourning triathlete Hiroaki Kobayahiは、その最も伝えたかったエピソード部をITU(国際トライアスロン連合)から世界のトライアスリートへ紹介いただき、また哀しみの底にあるであろう関係の方々からもご丁寧なお礼などもいただいた。彼の生きた証の一端を少しでも知っていただくことに、幾らかは貢献できたようだ。

でも、もうあと3年もすれば、彼のことを、もっともっと多くの人達が知っていったことだろうに、とも思う。こんな小さなブログで説明しなくてもね。その将来が生命とともに消滅したという重すぎる事実を前に、それだけで済ませることは許されない。悲劇ほど冷静に分析されねばならない。

※お断わり、以下あくまでもネット情報等による簡易検証に留まるものです。その目的は、自転車の安全性を高めるための一般的な参考にしていただく点にあり、今回の特殊事情についての検証とは別のものです。
 
- 事故現場 -
 
端的に言って、難易度×危険度、それぞれに最悪な箇所だ。悪いことに、その凶悪さは素人目には見えづらいのだ。この2要素を掛け算すれば、こうした結果も、不思議なものではないようにすら思えてしまう。
 
まず場所について。こちら NHKニュース動画 に地元の方からの情報も加味して、事故現場はほぼ確定できた。Google地図ではここから 下りながら左カーブした先。そこまでの走行情報をルートラボ地図 「照葉大吊橋からの下り」 に再設定。標高も微調整した。下のピンク部分が直前100mほどの下り部分だ。
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峠の吊橋あたりから250m下り、右カーブすると、下の写真の通り、ほぼ直線が数百m続く。上の地図では赤線より上側(傾斜図では青いフラット部)。この突き当りに問題の複合カーブ。
見るからに走りやすそうで、脚のある選手なら時速5−60kmくらいには何の不安感もなく簡単に上がるだろう。低いワイヤーのガードのおかげで眺望は最高。4輪車での観光名所となることを目指して設計されていることがわかる。同時に、2輪車を一切想定していないことも。
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この直線の最後に下り。「斜度10%」表示の看板があるようだ(※上のネット地図では斜度14%と表示される区間)。NHKニュースの動画を見ると、実際かなりな急坂に見える。ただ下の写真では見通しの良さのせいもあって、よくわからないと思う。それは危険要素の1つとなる。
この坂が危険なのは、危険な複合コーナーに加速させながら突入させる点にある。
(なお、左カーブ部の谷側は白い垂直のコンクリート壁。木がかかって競り上がっているようにみえるが)
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緩い左カーブへ。しかも後半で傾斜がキツくなる。この下の赤ライン箇所までは、本能に任せ走ってれば70km/hくらいは不安を感じることなく入れてしまうだろう。
 
(※念のため追記: 自転車も速度制限を守るべきだが、しかし現実問題として、自転車は軽いので坂で急加速するし、その時にスピードメーター表示を見るのは危険。またブレーキし続けるのも過熱などリスクがある。下りでの速度調整は難しい。この問題への対応は予め徐行しすぎなくらい徐行しておくことだ。なので僕は40km/h制限のマイルールを設けてます)
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- 走行ルートの考察 -
 
あなたは、この状況で、この先に起きること、そこへの対応を、どこまで予測できるだろうか?
 
しかも高速走行での瞬間にだ。たとえば72km/hでは1秒間に20m、54km/hでも15m進む。100mを5−6秒で過ぎるわけだ。この文章で長々と書いていることは、ほんの数秒間に起きたことだ。
 
言い換えれば、彼の命はその数秒間に、失われた。
 
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念のため、以下全てクルマを邪魔しない場合限定、いたらサイド徐行一択です

「低いワイヤーの向こうが致死的な崖」という当コース特有の危険性から、こうゆうとこはゆっくり走るに限ります。ここでは一般的な状況での基本説明です

おそらくは、知識がないか、あってもその瞬間での状況判断ができなかった場合、上の黒ラインになるのではないだろうか。直線的にスピードに乗ってアウトを通り、少しインに切れ込んでゆく。もしこれが平坦でそれほど高速ではなく、カーブも緩め、コース幅も十分にあるのであれば構わない。しかし今回それでは速過ぎる。「速過ぎる」とは、ブレーキ操作が間に合わないリスクがあるという意味だ。
 
自転車ロードのJoaquim Rodríguez=ホアキン・ロドリゲス選手ツイッターでのこの動画は、同じ状況かもしれない。18〜20秒あたり注目。
こちらは落ちた先が80mの崖ではなくてクッション性能の高い低い藪で、笑い話として投稿されている。「大丈夫だ、バイクは無事か?」と走り出し、あれハンドル曲がっとるな!と走りながら叩いて直すというワイルドな。
 
注目は18秒あたりから、ガードレール激突直前に、一度曲がろうとしているのにハンドルが戻る、という奇妙な挙動が見られる。これは後輪ロックによるグリップ喪失と考えられる。ブレーキ過剰で車輪をロックさせると、どんな高性能タイヤでも、本来のグリップが失われる。こうなったら(低速ならともかく)できるのは、直進かスリップくらいだ。
 
また、モーター付バイクの「ハイサイド」に似た現象もありうる。順に:
  1. 後輪ブレーキ過剰&後輪ロック(=自転車の場合)(エンジン付きなら、アクセル過剰&グリップ限界超え)
  2. 後輪が横滑り
  3. あわててブレーキ解除(エンジン付きならアクセル緩める)
  4. 後輪グリップ回復→ 車体が立ち上がる&直進力UP
なお前輪ロックだと、いわゆる「ジャックナイフ転倒」で、バイクごと前に投げ出されることになる。本来は絶対に避けるべき事態だが、今回では、ガード手前数mまでなら、それでも助かったかとも思う。ただこれは狙ってやるべきことではない。
 
- 検証結果 -
 
つまり今回の事故現場で考えられる事態とは、高速で進入したカーブが予測した以上に急なことに気付き、しかも目の前が崖で、慌ててブレーキングに入り(いわゆるパニックブレーキ)、車輪をロックさせてしまうということ。その状態で曲がることはできない。あ、と思ったときにはガードを越えている。ほんの1-2秒間に起きることだ。
理想を言えば、スリップしてしまったほうがよかったのだが、重傷確実な行為、普通できることではない。
 
ここで安全バッファを確保するための正解は、「Out-In-Out」のライン取り。上の赤ラインだ。基本的な教科書には書いてあることだと思うけど、解説しておこう:
  1. 次の右カーブに必要な減速を写真の手前あたりまでに完了させておく。これがとにかく超重要!
  2. 右カーブの一番手前で、インからアウト側に出る。右カーブを少し早く始めるわけだ (※なお当コースでは低いワイヤーの向こうは崖なので、そもそもそうゆう攻め方はしたらダメ)
  3. 右コーナーの最も曲がりのキツい部分のイン側に向けて曲がる。ここでブレーキをかけては基本ダメだが、速度コントロール目的で軽くこするのはあり(※上級者は前ブレーキで前輪荷重させたりしてるみたい=僕できません)(※もちろん対向車が来てる時は徐行)
  4. コーナー終わりでアウトに出る
なお上記2.の動きは、急カーブを本来の道よりも手前で開始することが目的で、結果としてInやOutに位置するのであって、横移動が目的ではない(=くれぐれもクルマの邪魔しないように)。それによって安全マージンを確保できる。より緩いカーブとできるし、より長い時間をかけて安定して曲がれるわけだ。その分、1つめ緩カーブをより急にしてもいる。
 
※追記:現地の方からの情報では、やはり本当に急傾斜し、しかも逆バンクだそう(雨・土を谷に流すように傾けている)。事前に予測して十分な減速をするか、さもなくば、曲がりながら減速用のブレーキをあてる高度な技術を要する場面だ。上記はあくまでも一般論としてご理解を。
 
- 知識と判断 -
 
繰り返すが、こうゆうことは、知識と、その瞬間での状況判断、両方が必要。もう一度、3つ上の画像(赤ライン一本の)を見てほしい。本能に任せて走っていると、スピードに乗ったまま、ストレート気味に入ってしまうのではないだろうか。そして速過ぎることに気付き、過剰ブレーキでグリップを失ったタイヤが直進し始める。無理にでもバイクを傾けて曲がりにいくしかない。それは高確率でグリップ不足による落車を起こすだろうが、それなら酷い骨折程度で済んだ可能性も高い。
 
もう1つの可能性は、重心を極限まで後ろ&低くすること。この技術(というか意識)なら汎用性が高い。今回ならガード衝突時に下側に倒れ込むことだが、そもそも下りでは後ろ重心は難しい上に、この現場のガードはなにしろ低い。なので、身体を横に倒すことでしか実現されない。すると上記のようにスリップダウンすることになる。これならセオリーに沿って、被害を最小化するものといえる。
 
これらは地球上で逃れることができない物理法則だ。実走練習とは、それら知識を理解した後に、身体でも理解するための確認作業であるべきだ。やみくもな努力で身につくものではないし、そうすべきでもない。
 
アクシデントは起きた後は運にも左右され、対応に絶対解はない。ただ、原理原則の理解と事例蓄積により、リスクを減らすことならできるはずだ。
 
 
- 下り練習について -
 
ここまで書くと、1つのシンプルな結論に辿り着かざるを得ない。
 
絶対に攻めてはいけない下りがある。
 
僕自身は、そもそも下りは練習すべきではない、という(シルベスト山崎店長などの) 考え方を支持している。十分な知識は備えつつ、その操作技術は基本は平坦で磨くべきだと思う。日本の山は危険過ぎると思うから(〜少なくとも僕のスキルからすれば〜テクニカルな群馬CSCのJCRCレースでCクラスですが表彰台に上がる程度の力は一応あります)。
だから僕は山での練習では、下り区間は平均速度の計測対象から外している。下りの速度は、ちょっと攻めるだけで、簡単に上げることができてしまうから。そんなヌルい練習で強くなれるはずがない。
 
ただし目的が速さではなく、安全性を高めることにあるのならば、下りスキルは重要だ。そのために、十分に事故リスクを考慮した環境で、交通に迷惑もかけずに行うことは、意味のあることだと思う。あくまでも安全のためであって、速さであるべきではない。ただ、安全走行を本当に身に付けることができれば、結果的に速くもなるだろう。
 
そのためにも、安全な環境でのブレーキング練習は大前提だ。下りコーナリングは、
  1. 横への重心移動(バイクを傾け、身体も内に寄せる)
  2. タイヤの横グリップの確保(グリップ力の限界内に留める)
  3. 加速し続けるので、必要なら緩いブレーキで速度制御
といった要素を同時に実行する必要がある。2と3は矛盾するもので、ブレーキングは縦方向のグリップなので、やりすぎると横グリップ力まで消費してしまう。また強すぎてロックさせる危険は上述の通りだ。よって、各要素を個別にできるうようにした上で、さらにコース予測能力を身に付けて、初めて、山に入るべきものだと思う。
 
なお自転車ロードレースのプロなら、下りで勝負をかける場面もある。サガンやフルームの下りアタックは見てるだけでハラハラして、さすが軽く年収数億円を稼ぐであろう世界トッププロは違うなと思わせる。ただし彼らは、事前に走り込んで熟知したコースでなければ、攻めることはないと聞く。フルームは下りのためにフォークを4mmだか前に出した特製バイクをPINARELLOに作らせてる!
それでも、リオ五輪のニーバリのように世界トップレベルの下り技術で、入念に調べたはずのコースでも、転んでしまうものだ。そんなリスクは、プロでも取りにいかないほうがいい、ともいう。(たとえば栗村修氏コラム「「下りのコツってなんなんでしょうか」→ http://cyclist.sanspo.com/158916
 
特にトライアスロンでは、下りのコーナリングでタイムを稼ぐ場面は無いといっていいだろう。これはエリートでも同様だ。それだけに、この事故がナショナルチーム活動の中で 起きてしまったことが残念。
 
下りの速さを求めることのわずかなメリットに対して、そのリスクは大きすぎ、そしてその結末は哀しすぎる。

2017年1月22日 (日)

追悼: プロトライアスリート小林大哲さん(享年24)が遺したもの 〜 mourning triathlete Hiroaki Kobayahi

2017年1月21日午後2時前、小林大哲(こばやし・ひろあき)選手が自転車で崖から転落し逝去された。ニュースのタイトルに目を疑い、記事に彼の名を見て、また疑った。本当に、彼なのか。でも何度見ても、そうでしかなかった。

彼のトライアスロンへのチャレンジは、ほんの2年に満たずに、未完に終わってしまった。あまりにも悲しい。それでも、その足あとが意味するものは、日本のスポーツ界すべてに知ってもらう価値あるものだと思う。

 

- 小林大哲選手とは -

JTU日本トライアスロン連合の2016年ランキングでは10位。より実力がストレートに表れる日本選手権では8位。ただ、その潜在能力はもっと高い。2015年にトライアスロンを始めたばかりで、1年8ヵ月ほどの短期間で成し遂げた成果だから。2020東京五輪時点ではトップに位置していた可能性も、そして世界と戦えていた可能性だって、十分あった。

1992年生まれ、千葉県出身。中学では水泳部で400m自由形が4:30−40秒くらいだそうで、競泳選手としては勝負できず、検見川高校で陸上長距離に転向。順天堂大に進み、箱根駅伝ではあと一歩でメンバー入りを逃す。駅伝部の合宿地に日本食研のトライアスロン部も来ており、つながりができた。4年になり、就職が決まっていなかった頃に新人募集のトライアウトがあると聞き、参加したら合格、未経験のままプロ・トライアスリートとなったのが2015年2月だという。

僕が彼に出会ったのは、その4ヶ月後の愛南トライアスロンのこと。表彰式会場への入場を待つ列の隣にいた、一目で鍛え上げられた様子の若者に声掛けしたら、日本食研の新人プロ選手だという。ベテランの平松幸紘選手をおさえて2位に入ったのだが、それが彼の初の51.5kmレースだと聞いて、びっくりした。

「すごい、すごすぎます、そんなことがあるんですか! 次の目標は?」と聞いてみた。

「3週後の酒田のU23選手権での優勝です。」と明確に答えていた。

「U23代表を掴みたいのです、実力的には勝てる大会ではないですが、チャンスはゼロではないはずなので」と。

いくらなんでも、まさかキャリア4ヵ月で、実力者ひしめくU23優勝なんて無理だろう。でも志の高さはすごいなあ、とその時は思ったように記憶している。態度、口ぶりは、謙虚すぎるくらい謙虚で、真面目さがにじみ出ている印象。それと大きな目標とのギャップに、少しびっくりした。

しかし3週後、本当に優勝する。知人のトライアスリートがその場に居合わせて、ゴールでの雄叫びを見ていたそう。その話を聞いて、大哲さんは本気で狙っていたんだと知った。

すごい才能が表れた、と思った。

そして同年9月、シカゴの世界選手権でご一緒することになった。当時のブログはこちら 「カテゴリー「'15- ITU世界選手権Chicago」  ご参照。さすがにU23世界選手権、バイクは実力者が揃う大きな第一集団から遠く離された4人だけの厳しい集団で消耗してしまうが。ランでは周回ごとにパフォーマンスが上がっているのがわかった。世界で戦えるラン。いつか世界大会でバイク第一集団から見たいと思った。

「ひろー!」と熱心に応援される年配の男女がいた。話しかけてみると、 小林選手のご両親だった。大舞台で喜んでいるというより、どこか、心配そうにも見えた。

追記1/24:この箇所をITUニュース "Triathlon family mourns passing of Japanese athlete Hiroaki Kobayahi" 22 Jan, 2017 にて紹介いただきました。引用:

“I met him (Kobayahi) for the first time at one triathlon event just four months after his triathlon trial test. At first glance, I could tell how hard he trained to build up his body and muscles. I was stunned by his performance when he finished second at his first 51.5 k race. To my question of what was his next goal, he clearly answered that he would like to win the U23 Championships in three weeks’ time.

He said, ‘I want to make a U23 national team. I know my ability won’t match the level of the Championships, but I believe the chances are not zero.’

I thought it would never happen as he had only four months of triathlon experience at the time. However, I remember I was impressed by his high spirit and the way he talked in a humble manner. His attitude was so humble and too modest, but, his honest and serious personality appeared through his words. To be honest, I was surprised with the gap between his aspiration and very reserved personality. But, in fact, three weeks later, he won the race.”

そう思わずにいられないような謙虚さ、真摯さを、少しでも世界の「トライアスロン・ファミリー」に知っていただければ。

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- 事故について -

NHKニュース動画 を見ると、スピードの出やすい緩いカーブが続く下り途中に、突如あらわれる急カーブ。こうした山中では、雨や泥を流すために、崖側を下げる逆バンクが設定されていることも多い。下りながら「やばい逆だ」と気付いたときには遅かったりする。山だから砂も浮きやすい。整備された舗装路での浮き砂でのコーナリングは、軽量で細タイヤのロードバイクの弱点。

最大の問題は、ガードが腰の高さもないようなワイヤーだけであること。明らかに4輪車しか想定しておらず(眺めは良さそうだ)、2輪にとっては無いのに等しいとさえいえそうだ。自転車で接触すれば、即その上へ跳ね飛ばされてしまうから。しかもその先は高さ80mという崖。消防が駆けつけて50mのロープを下ろしたら足りず、ドクターヘリを要請したそうだ。

映像では看板を立てる金属製ぽいパイプの1つが完全に折れ曲がり、衝突の衝撃の強さを物語る(今回の事故とは限らないが、たとえば4輪での衝突なら下側がより激しく損傷しているはず)。結構な速さで激突し、その反動で軽く数mは水平に飛ばされたとしてもおかしくない。だとすれば、途中に引っかかることもなく、岩場の川原へ吹っ飛ばされてしまう。

つまり、普通なら、せいぜい鎖骨か肋骨かを折って済むようなミスが、致死率ほぼ100%になってしまう。これほど条件の悪い道は、日本には他にほとんどないのではないだろうか。最悪の箇所だ。

何度か現場を自転車で走ったことがある現地の方によると、

「自動車で走るぶんには何ともないカーブが、ロードバイクやTTバイクで走ると曲がりきれない下り道」
(完熟マンゴーの、トライアスロン奮闘記)

だそうだ。照葉大吊橋からの下りを下記Yahoo!ルートラボで検証 してみた。それらしき危険箇所は640mあたりに1つ。斜度25%と表示される急な下り(※地図の標高設定によるので正確ではない)からの、アウト側で崖に向かってゆく右カーブ。他に3つくらい似た箇所がある。(航空写真モードで拡大可能)

ほんの一瞬の油断が生じる場合もあれば、「この先のガードが怖い!」と見てしまった瞬間にハンドリングがそちらに向かおうとする本能もある。ブレーキングも直行しているうちは有効だが、曲がりながらでは逆に車体を不安定化させてしまう。全て、僕も何度か経験あること。こうしたリスク要因と不運とが重なることは、誰にもで起きうること。

※追記:新記事「小林大哲選手事故現場のネット検証、そして競技自転車の「下り練習」について 」にて詳細な事故状況の分析を掲載しました。(2017.1.27) 

しかも、1/9から(事故2日後にあたる)23日までの宮崎シーガイアでのJTU強化合宿、3週間の疲労がピークに来そうな時期。あまりにも悪条件が揃いすぎてしまった。

僕だったら、ただでさえ下り時速40km制限をかけるような(異常なまでの)怖がりなので、こんな状況ならほぼフルブレーキ停止してから超徐行してそうな箇所。でも、8名で、距離を空けたとはいえ隊列組んで走る中で、それもやりずらい。ブレーキで後ろが乱れてしまうし、そもそも、走りながらその状況が見えるとは限らない。

 

- 彼が日本のスポーツ界に遺した(遺すべき)もの -

1つ言えることは、 小林大哲さんが、ほんの2年にも満たないあいだにトライアスロン界で達成されてきたことは、彼にしかできないものだったということ。

トライアスロンへ転向して、ほんの4−5ヵ月でU23で優勝してみせたという事実。そのデビュー年の日本選手権が19位、翌年には8位。わずかの間に着々と実力を上げていたという事実。今年の10月に、そして2018年、2019年に、どこまで上げれたことだろうかと思う。

この足あとは、これから、トライアスロンへ転向しようとする他種目のトップアスリート達に、そしてトライアスロンにかぎらず、すべての種目で転向を迷っているアスリート達に、たしかな重さを持って、残り続けるだろう。少なくとも、そうあるべきだ、と思う。

日本のスポーツ界では、1つの種目にこだわる文化が強い。種目というより「その組織」といったほうがいいかもしれない。これは再検討されるべき20世紀の遺産だと僕は思っている。スポーツに限らない話だから、根は深い。

欧米のトライアスリートが強いのはその逆で、日本だったら陸上長距離か競泳かに囲い込まれているような10代選手が、子供の頃から、競技自転車もやれば、遠泳大会にも出れば、クロスカントリーの大会にも出ている。結果として、トライアスロンが一番成績いい、という選手がオリンピックへとチャレンジしているのだと、僕は見ている。ランパート10kmを28分台で走る選手が続々と表れているのは、その結果だと思う。

日本でいえば、箱根駅伝に集中する才能の中には、中高から、たまにでも水泳自転車を併用していれば、それくらい出来る選手はいるだろうと思う。ここでは、「1つのことをコツコツと極める」という日本の職人的な美意識が(もちろんそのメリットは大きいのだが同時に)、世界レベルで戦うための制約にもなっている、ということ。

その壁を、現実に破ってみせて、ほんの2シーズンでここまで進んでみせた、という実績は、彼だからこそできた、オリジナルなものだ。

本当は、彼のチャレンジの真価はここからだったのだけど、それはもう、どうしようもないことだから。

ただ、トライアスロンに、スポーツ界全体に、これから活かされてゆく価値のある、チャレンジであると、僕は思う。

・・・ 

あの日、お会いできてよかったです。大哲さんの達成に心からの敬意を捧げます。安らかにお眠りください。

2016年12月25日 (日)

バイク「空気抵抗削減」へのシンプルな考え方

サイスポ2017年2月号 の小特集「最新機材のエアロダイナミクス」で、フレーム&ホイールの空力抵抗の実測をしている。これぞ専門メディアの仕事だ。素晴らしいので詳細は実物お読み頂きたい。
 
実験条件は、室内サーキットでの38kmh・42kmhそれぞれ巡航しての平均。衝撃的な結果が幾つか:
  1. ホイールは、リムハイト50mmと90mmで、空力性能がほぼ同じ
  2. BORA50mmは、最新のワイド幅と旧型の細幅とで、同じ
  3. ロードバイクをDHポジション化すると50w削減
  4. TTバイク+DHなら、ロード普通ボジション比で100w削減
あくまでも今回実験条件に限った話ではある。無風の室内実験=つまり横風を受けず、実走行による正面からの空気抵抗だけが影響しての結果だ。この点は留めつつも、はっきりいってしまえば、僕はこう解釈した:
  • 空力向上だけを目的とした器材は、ほぼ意味がない
  • ポジション=人体に影響する仕組みには、劇的な効果がある
 
<器材自体の抵抗>
真正面からの抵抗は、「前投影面積」、つまりこの形状→17viperrfrontで決まる。
加えて、「空気の流れ方」(=CD値)も影響するはずだが、少なくとも時速40km域では、現実のパフォーマンスに影響しない程度であることを、この実験が示している。
横風という条件、つまり斜めにすると→17viperr30通過する空気がより大きな乱流を作り始めるだろう。
すると、ホイールなら高くて広いリム形状の方が、より乱流を抑えるのだろう。究極のリム高さといえるディスクホイールは横風で推進力を感じる、と言われている。
 
とはいえ、上記の結果1-2は衝撃的なレベルで、そこから推測すると、横風での整流効果の差も、現実の走行状況において、そうたいした差ではないようにも思われる。(まあ、そこで差が開く、とも考えられるわけだが・・・)
 
 
<人体の抵抗>
こうした器材要素を圧倒するのが、人体要素が加味された結果3-4だ。3と4の約50W差(!)はロードバイク(マドン)かTTバイク(スピードコンセプト)かによるのだが、ベースバーでの普通ポジションなら逆にマドンのが微妙に優位で、「器材自体の形状差はたいしたことがない」という前の結論を裏付ける。(※マドンの空力が優秀、ともいえるが)
 
そこで、「TTバイクは、人体が作る抵抗を削減するもの」と解釈できる。バイク自体の造形が注目されがちだが、DHポジションでの身体の造形と動作と一体化して整流効果を高めるための手段。
 
つまり、どんなTTバイクだろうと、DHポジションを取っていない間は効果がない。その時間が多いなら操縦性に優れたロードバイクの方がいい。
また、細部の造形にこだわったハイエンド車と、おおむね同じ形状の普及レベル車とで、それほど大きな差は生まれない、とも考えられる。
 
TTバイクの性能は、ポジション設定によって引き出される、ということだ。性能は購入時ではなく、練習によって上がってゆくもの。それが「器材スポーツ」であるという意味。使いこなしにより差が生まれる。
 
ゆえに、選定時にはジオメトリの精査から必要。現行バイクからどこが何mm変わるのか。僕のケースは、「NEILPRYDEバイヤモ2013 選定の過程と結果」 で書いたとおり。
 
ここで重要要素の1つが、身体の幅=つまりはDHポジションで付き出した両腕の狭さ。ぴったりとくっつけて、F1マシンとかのフロントノーズ(あるいはカウル)のように空気を掻き分ける。それによって胴体と、さらには最大の抵抗発生源となるであろう両脚の大きな動きに、空気の塊がぶつからないようにすること。
20161013_101005画像はシクロワイアードより 、2016自転車世界選手権TTの上位3名。ヒザの上死点位置と、腕との位置関係をみれば、腕が作る整流効果が見える。
 
頭もぽこっと突き出したパーツなので、エアロヘルメットによって、胴体と一体化させる。これにより、頭から背中へとスムーズに空気が流れる。特にロングテールの場合、背中から離したらダメ=それが面倒なのでショートテールが流行っている。
少なくとも、普通のロード用のヘルメットでトライアスロン(もちろんドラ許可の除く)出ている方は、真っ先にエアロヘルメットを導入することが、最も費用効果が高いはずだ。
 
これら、腕と頭の整流効果をクリアできていれば、高さ自体はそれほど悪影響を与えない。だから無理に低い姿勢を取ったらダメ。
腕を寄せるには肩の柔軟性が必要だが、これはデメリットないだろう。それで走行安定性が失われるなら、スキル練習をがんばるといい。
 
おそらく理想的な前投影での形状は" T "の字のように、頭+両肩は横の板、腕以下は縦の板、のイメージ。この2枚の板の組み合わせによって、お腹に巻き込む空気を減らし、両脚の回転による乱流の影響を下げる。
 
板の形状の抵抗が小さいことは、水泳も同じ。なのでリオ五輪では、スタート・ターン時に腕は頭の横につけるのが主流になった。従来は両腕の下に頭を置いて逆三角形を作っていたのだが。
 
なお世界TT上位2名は身長185前後だが、3位ヨナタンは170とか日本人レベル(ホイールが大きく見える)で、抵抗削減ができれば、この身体でも世界で戦えるということでもある。
 
 
<人体と器材との一体化>
この流れから、最近の流行である「フロント・ハイドレーション」の役割も理解できるだろう。
Img_8805
腕の「ノーズ機能」を拡大させ、より大きなエアポケットを作ることで、脚まわりの抵抗を削減している、と考えられる。 (バイク画像はCEEPO2017 VIPER-R より)
 
 
<僕の場合>
狭いDHバーの間にタイラップでボトルケージを固定し、ノーズを大型化させている。20160914_818
パンク対策は、マルニのクイックショットをステム直後にマジックテープで留める。なおこの位置も、ステムとの一体化による整流効果を狙っている。(この位置のストレージでも同じ効果だ)
 
ボトルは、フレーム側では、エアロボトル(スペシャ)を以前使ってたけど、練習中に発射して消滅し、以後は丸ボトルに戻している。
普通の丸ボトルでも、前輪フォークの作る気流に、ほぼ収まっていると思われ、それほど問題ではないと考えている。そして、2つの丸ボトルを装着することで、前ボトルが作った気流が後ろボトルに引き継がれて、トータルでの整流効果が生まれる。
特にロングでは、丸ボトルでないと補給が不便という理由もある。
 
KONA2013では、後部マウントによって横面積を減らした。横風対策だ。その下にスペアタイヤをテープ留め。これも「一体化」の効果を狙っている。
20161016_104001
 
なお画像左は、KONA2016女子でバイク前半で唯一Ryfについてバイク2位5:00:42のAnja Beranek。165cm54kg。僕のが8kg重いが体形はわりと似ていて、タイムも似ている(僕は5:05)。
ホイール大きさをだいたい揃えて並べてみた。僕のが身体前&サドル高の前乗りだ。ヒジ高さ=背中=頭の高さもほぼ同じ。
 
これらの効果か、長い下り緩斜面の60kmhとか巡航で、欧米のP5とかを上回る空力性能を実感できた。
 
 
<結論>
バイク「空気抵抗削減」へのシンプルな考え方とは、
  1. 前投影面積の削減
  2. とくに、幅を狭く
  3. 身体を流れる空気の整流化
ということだと思う。これだけで、メーカー発表の風洞実験(=あくまでも実験室での数字)に惑わされることなく、現実的な対策が取れるのではないかな?
 
なお僕は全体的に、器材差をあんまり信用していない人間なのだけど、それでも速い人ほど高額器材を使う傾向はあるかと思う。て僕も十分に高いの使ってるし。
それは「コミットメント」の差だと解釈している。お金以外のリソース投入量が総じて高いということ。
 
・・・
記事のサイスポはこちら→Kindle Unlimitedの読み放題対象なので、初回30日間無料体験に入ればタダで読めるかな。
 
ちなみに大特集の「ペダリング」、前半の筋肉の分解のような説明は僕は興味ない、というか、それで速くなれる気がしない。ただ後半のキネティックチェーンの考え方は大事。
 
 
<水泳>
この仕組みは水泳でも同じで、最近の三浦スイム講習で説明し始めている「クロールは実は腰を上げないほうが速い」という説明にもなる。この話は、また改めて。
20161217_200231
画像はリオ五輪でのレデッキー800m、世界記録更新の泳ぎ。頭を上げ、胸を反らし、腰を沈めにいっているフォームだ。従来は逆で、頭を沈め、胸をすぼめ、腰を上げる「伏し浮き」の姿勢が速いとされていたのだが。思われているほど単純には決まらないのが水泳。
 
 
ちなみに脚筋の疲労回復にはパナソニック「エアマッサージャー」が最強だと思う。新型でモモまで拡大

2016年12月23日 (金)

『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート』 〜表現・動作技術とも注目すべき傑作スポーツノンフィクション

大宅賞受賞のノンフィクション作家、上原善広 18年間かけてインタビューを続け、ついに今年出版された一冊。その対象は、1989年、世界記録にあと6センチまで迫り、ワールド・グランプリシリーズを日本人で初めて転戦し、総合2位となった槍投げの溝口和洋。今ではいえば為末大さん(=世界記録に迫れていない)以上の超大物にもかかわらず、引退後、陸上界の(少なくとも)表舞台から消え、伝説だけが残った、文字通りのレジェンドだ。
 
しかもその記録は、本当は世界記録であった可能性が高い。1989年のアメリカは日米貿易摩擦を引きずり、反日感情が残っていてもおかしくない。当時40代のドナルド・トランプさんもジャパン・バッシングなインタビューを残していたりして。それで、再計測で記録が8cm短縮され(計測地点をズラしたことが疑われている)、幻の記録とされてしまった。
 
また当時の投擲競技はドーピング全盛期。(まあそれは今でもだが、検査技術と仕組み化により、きちんと摘発されるようになった) その中で、ゼレズニーと並んでクリーンにたたかっての結果だろう。もちろんヤッてて奴がヤッてたとは普通いわないけど、彼は実際クリーンなんだろうと思う。
 
そんな中で、身長180cmしかない小柄なアジア人が、そこまで戦うことができたのは、日本スポーツにおける歴史的な偉業なのだ。この本で描かれるのは、それを実現させた彼の徹底した合理思考と、凄まじい練習内容。あいまに、世界を股にかけたロケンロールな武勇伝(笑)
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<文章表現>
「常識とみなされるもの」を疑い、「結果」のためだけに必要なことを自分の頭で考え抜き、徹底実行する彼は、それがゆえに(マジメな常識人が多そうな)陸連主流派とは超仲悪い異端者だ。そんな彼を一人称=自伝の表現形式で描く著者は、もともと被差別部落に生きる、ある種の異端とされがちな経験を持つ人たち(たとえば橋下徹氏など)を書いてきたノンフィクションライター。
 
異分野ゆえの強みもあってか、スポーツ文にありがちな情熱的で物語チックな要素を排して、淡々と事実を連ねてゆく、ただし、18年かけて探り当てた圧倒的な素材を、どこにもない深さで。
 
主要メディアの書評も総ナメにしているわけだが、そんな特徴を捉えているのが作家、堂場瞬一の書評 だ。
 
日本のノンフィクション、特にスポーツノンフィクションは、記録と同時に「人柄」を紹介することを重視する。記録と人間性が一体になって迫ってくるような内容になればベスト、ということだ。
 
だがこの本で、著者は敢えて溝口の「人間性」の部分を抑えて描いているのではないだろうか。もちろん、独白として挿入される「毒舌」は、溝口というアスリートの独自性を浮かび上がらせてはいるのだが、それでも彼がどういう人間なのか、今一つ想像しにくい。
 
もしかしたら著者は、溝口に接近し過ぎたのかもしれない。本人になり切っていればこそ、感情の説明ができない――自分の感情をきちんと説明するのは難しいものだから。だがこういう状況で、がぜん溝口というアスリートに対する興味が湧いてきた。もしかしたらこれも、著者の企みなのか? この本は「導入部」に過ぎないのではないか?
 
スポーツをこうした人間ドラマとして描くのは、雑誌「Number」のように、あるいはNHKスペシャルのように(=スポーツを客観的に描いているかのような気分にさせるある種のドラマである場合がほとんど)、見るスポーツを表現するのには向いている。世間の多数派を相手にする以上、それは当然ではある。
 
ただ、僕はそうゆうのが好きではない。スポーツにはスポーツだけの世界があるし、そこには余計なドラマは要らない。純粋なノンフィクションとして描いてほしいと思う。この本は、まさにそうゆう表現を極めている。
 
この「一冊に賭ける」書き手の18年間の重みも伝わってくる。
 
「忘れられたと思っているのは、実はあなただけなのだ。〜 あの、鮮烈なフォーム。誰よりも遠くへ飛んだやり。私もまた、「溝口のやり」を忘れられない一人だった。」 (著者あとがき 上原善広)
 
絶対にインタビューできないと確信されていた相手に聞き取りをし、言語化し、最終的に一人称の自分語りスタイルができあがった。それが他にない迫力を作っている。当初は、トレーニングと技術論だけを書くつもりだったのが、それらはそのままで「彼自身の存在意義と哲学」になっていることに気付いて、テーマをより挑戦的なものへと拡大させた。おそらくは、その表現のために、日本のスポーツジャーナリズムの定番「人柄の紹介」を控えた表現を選択してもいる。
 
最終の232ページ目は、まちがいなく文字数調整して、その8行だけが、見開き2ページに表れるようにしている。この8行のために、18年間があった、というくらいに。
 
 
<トライアスリートの視点>
僕がアスリートの目線から注目するのは、例えば以下の箇所。
 
「実際は力を入れた状態だが、力が入っていないように感じる」
これが本当のリラックスだ。よほど強力な筋力がないとできない。
外国人のリラックスとは、まさにこのことなのだ。それを末端が弱い日本人が真似するからおかしなことになる。 (p56)
 
投擲競技は全て、骨で投げる。これは「関節で投げる」と捉えがちだが、それとも違う。
例えばシーソーの片方に物体を載せると、もう一方を強く押すだけで物体は飛んでゆく。この「シーソーの板」が骨であり、シーソーの中心にある支点が関節である。つまりテコの原理を応用しようと思えば、「骨で投げる」ことになるのだ。(p57)
 
肩関節をカチッとはめると、投げのときにその反発を利用できる。(p99)

身体的な不利を克服するために、当時主流だった「欧米選手の表面的な模倣」を排除して、ゼロベースで組み上げた技術。これらは、トライアスロン3種目にも共通する要素を含む。

僕の考えとして、筋パワーは全てのスポーツの基本だと思う。関節をロックし、身体全体を大きな1つのユニットとして動作させるのも有効。またそのロックのためには筋力が必要。

例えば日本柔道も、今になってようやく筋力アップの必要性に気づき、リオで結果を出している。(ついでにいえば、イチローは筋力否定論のようにも見えるけど初動負荷トレーニングの徹底した実践者だし、そもそも100年に1度の天才レベルだ)

長距離トライアスロンも結局は「1ストローク、ペダル1回転、1歩」の積み上げ。その1要素が大きければ、掛け算して差が拡大するのは当然だ。

<故障>

彼が残念なのは、なんといっても絶頂期での故障。痛みを堪えながら感覚が麻痺するまで投げ続けるとか、24時間連続練習とか、「やり過ぎてみる」のが彼の成功の一因ではあったのだろうけど、やはり、そのスタイルでは30代を戦えない。

ケアについて殆ど書かれていないのは、書かなかっただけかもしれないけど、当時の情報不足、意識不足だろう。酒も、筋肉系の故障を誘発するだろう。(サッカーの長谷部選手も、夜遊びで酒飲んでたJリーガーたちは筋肉まわりの故障で引退が早いと言っている)

ただ、競技文化とは、そうゆう失敗経験を積み上げることで、少しづつ育ってゆくもの。彼の経験も、室伏広治選手に引き継がれていったんだろう。

・・・

陸上界から消えた後も、強烈に個性的。

20161223_111740(JA紀南2010より)

トルコギキョウの栽培で成功しているらしい。と調べると、サカタのタネ社が栽培しやすくしてしまった (笑)ようで、競争も激しいのだろうけど、この本をきっかけに「溝口のトルコギキョウ」とブランド化するとさらに儲かりそうだ。

それはそうと・・・

これは客観的事実だが、私のように180cmの身長で、80mオーバーを投げた選手は、世界でもほとんどいない。つまり私は限界まで到達し、そこを超えることができたのだ。この事実以外に、どんなトロフィーがあるというのだろう。

多くの人が私の存在を忘れているようだ。私はそれで良いと思っている。一投に全てを賭けて、それにおおむね勝つことができたのだから。

私には自分に堂々と誇れる過程と結果がある。だから人々から忘れられても、私は何とも思わない。

これほど爽快な、語りがあるだろうか。

僕は、これだけのスポーツノンフィクションを、読んだ記憶がない。もしあれば教えてほしい。

冬休みの読書に一押し。 今年読んだノンフィクションでは「エスケープ」(佐藤 喬)もおもしろかったけど、こっちのが圧倒的におもしろい。(両方読むといいと思う)

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